【ケンタロウさん】包丁の持ち方よりも、大事なこと。

ケンタロウさんは、いろんな本で「おいしく食べることの方が大事」と書いてます。

ケンタロウさんは、おいしく作れるようにレシピを考えてます。
それなのに、おいしく作ることよりも、おいしいものを食べる方が大事だと言っています。

ケンタロウのおいしいごはん 基本のABC

(講談社)

あとがきにこうあります。

おいしく食べられるなら、包丁の持ち方なんてどうだっていい

物事には、どうでもいいことと、どうでもよくないことがあります。
包丁の持ち方は、安全を考えるとどうでもいいことはありません。
むしろ大事なことです。
でも、安全面がちゃんとクリアできていれば、親指や人差し指の添え方などはそれほど問題ではありません。
それよりもおいしく作れる方が大事です。
それは結局、料理をどう楽しむかにつながってきます。
安全のためにも包丁を正しく持つことは大事です。
でも、正しさばかりが気になってしまうと、「料理ってめんどくさいな」と感じてしまいます。
ちょっとくらい独特な持ち方でもいいのです。

 

ケンタロウの121レシピ なんでもありッ!

(学研)

まえがきにこうあります。

何よりいちばん大事なのは、おいしいものを食べることであって、作ることではない

作るための参考書がレシピ本ですが、「作ることは大事ではない」と言うのは、ケンタロウさんが食べることを大事にしているからです。
おいしいものをおいしく食べるのが一番の目的です。
作ることは手段の一つであって、決して目的ではないのです。

 

ケンタロウのいえ中華 ムズカシイことぬき!

(講談社)

エッセイにこうあります。

料理は知識じゃない。
知識があってもなくても、おいしいものさえ作れればそれでいい

レシピ本は、ある意味、知識の塊です。
レシピ本に書かれてあることがすべてではありません。
あくまでもサンプルです。
「こう作るといいよ」という見本です。
自己流なのにパパッと上手に作れる人がいます。
料理にはセオリーもありますが、自分のやり方で好きに作っていいのです。
自分にとっての「おいしい」が大事なのです。

 

大っきいおかず 小っちゃいおかず

(講談社)

エッセイにこうあります。

いやいや作ってもおいしいものは作れないから、誰かが一生懸命作ってくれたものを食べればいい。
おいしいものを作るのは大事だけれど、おいしいものを食べるほうがもっと大事

普段、料理をしない人に限っておいしく作ろうと頑張ります。
頑張ると、つい力が入るので疲れます。
頑張ったのに思ったような味にならないとガッカリします。
気合いが入ってる分、反動で余計に落ち込んでしまうのです。
結果、料理の敷居が高くなって、ますます料理をしなくなるという悪循環です。
料理がイヤにならないためにも、頑張らなくていいのです。
頑張らなくても料理はできます。
ちゃんとおいしくできます。
そのためにレシピ本があるのです。
大事なのはおいしく食べることであって、頑張ることではないのです。

 

 

今できること手段と目的を間違えない。