「暮しの手帖」に、ケンタロウさんのカレーレシピ

暮しの手帖
2007年8-9月号
暮しの手帖社
「ケンタロウのカレーライス」

暮しの手帖社 | 暮しの手帖 第4世紀29号

この号では、ケンタロウさんの揚げ野菜のカレーレシピが紹介されています。
フレンチトーストの回と同じく、撮影は、齋藤圭吾さんです。

調理過程の写真も充実しています。
なぜかケンタロウさんの足の写真も混ざっていて、ニヤニヤしながら撮ってたであろう齋藤さんの顔が浮かびます。

カレーは親であり、ホーム

ケンタロウさん好きとしては、ケンタロウさんイコールカレーで、カレーイコールケンタロウさんです。

この号のインタビューで、ケンタロウさんは「ベーシックなカレーだけでいい」と言ってます。
「普通のカレーがいい」は、ケンタロウさんの口癖のようなものです。
「ベーシックなカレーが一生食べられないなら、生きていけない」とも言っています。
カレーごときではなく、もう死活問題なのです。
豊臣秀吉の刀狩り令のように、カレー禁止令が出されたら、ケンタロウさんは先頭を切って革命を起こすでしょうか。
それはありません。
なぜなら革命を起こそうとした時点で、潰されるからです。
潰されたら、カレーは作れません。
「私はカレーと縁を切りました」という顔をしながら、ひっそりと、しかし熱い気持ちで作り続けるのです。

「ノーカレー ノーライフ」なケンタロウさんにとって、カレーは食べ物ではなく、命であり人生そのものです。
「カレーは親です」とはなかなか言えません。
テストでそんなことを書いたら、間違いなく職員室に呼び出されます。
先生に「小林君、これはどういうことだ」と聞かれても、ケンタロウさんはうつむいて黙ったままです。
先生になんかカレーの思いはわかってくれないからです。
「カレーは親」→「親は絶対的な存在」とケンタロウさんは説明します。
この流れでいくと、それはもう神です。
神のためにカレーを作っているんだと考えれば、すべて納得です。
もう「好き」とか「嫌い」の次元ではないのです。
神に仕えているのです。
好きなことをとことんやって、ちょうどいいか、それでも足りないくらいです。
中途半端にしていては、好きなことに失礼なのです。

今できること好きなことに、全エネルギーを注ごう。

 

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