【ケンタロウさん】したくないこともニコニコできるのが、生活力だ。

ケンタロウさんは、母のお手伝いをした時にある大事なことに気づきます。

出典:働く女性の急げや急げ料理集
小林カツ代
大和書房

「皆でやることの意味」より

生ゴミから学ぶ生活の意味

母カツ代さんが姉のまりこさんを耳鼻科に連れて行ってる間、小学3年生のケンタロウさんは家でお留守番していました。
2人の帰りはかなり遅くなってしまいました。

予想していたケンタロウさんの第一声は「お腹すいた」でしたが、

ママ、お台所のゴミってすごく気持ち悪いんだねぇ、ぼくびっくりしちゃった。あんな気持ちの悪いもの、ママ毎日よくやるね、これからぼくがするよ

と言ったのです。

ケンタロウさんも姉のまりこさんも、普段から家事のお手伝いをしています。
ゴミ捨てもよくしていたそうですが、カツ代さんはそのままゴミ捨て場に持っていけるような状態のゴミ袋を渡していたのです。

ケンタロウさんはお手伝いの一つとして、台所の生ゴミを袋に入れようとしました。
生ゴミは気持ちのいいものではありません。
できれば触りたくないです。
ケンタロウさんは濡れた生ゴミを手でギュッと絞って水気を切った時、なんとも言えない気持ちの悪さにゾッとしたそうです。
しかもこんな気持ち悪いものを母は黙って毎日やっていたということに気づくのです。

ケンタロウさんがラッキーだったのは、母から言われて知ったのではなく、自分で気づいたことです。
言われて知るのと自分で気づくのとでは、理解度の重みが違います。
その後の視野の広がりや行動も変わってきます。
 

作って食べるだけが料理ではない

ケンタロウ本は、料理の作り方が書いてある本です。
買い物や後片付けのことは書かれてありません。
材料はある前提ですし、後片付けもノータッチです。

IKEAのプロモーション動画「Enough」では、シングルマザーの大変さがリアルに表現されています。
 

 
疲れ切った母が帰宅すると、家の中は荒れまくり、子供たちはやりたい放題です。
料理があるのは、誰かが作ってくれているからです。
その料理を入れるお皿があるのは、誰かが洗ってくれているからです。
部屋がきれいで快適なのは、誰かが掃除してくれているからです。
すべて自動的にそうなることはありません。
そこに気づくことが大事です。

ケンタロウさんは、ゴミ捨てをした時の生ゴミの気持ち悪さから生活することの意味や意義を知りました。
もし知らずに大きくなってしまったら、今のケンタロウさんはないかもしれません。
「こんな気持ちの悪いものなんか触りたくもない」と拒否反応があると、料理どころではありません。
買い物も、調理も、後片付けも、全部込みで料理です。
「作って食べて、ああおいしかった」が料理ではないのです。
レシピ本だけ見ていると、「作って食べて、ああおいしかった」が料理に思えます。
水を含んだ生ゴミをギュッと絞るのも、料理の一つの行程です。
ただレシピ本には書いてないだけです。
誰もが気持ち悪いことはしたくありません。
気持ち悪いことは避けることもできますが、生活力は劣る一方です。
気持ち悪いことを避けるのではなく、ニコニコしながらやることで生活力が鍛えられていきます。
結果的に毎日の生活が楽しくなっていくのです。
 

今できること楽なことばかり、しない。