【ケンタロウさん】時短したいことは、好きなことではない。/時短アンケート

クックパッドの時短についてのアンケート結果を見ました。

クックパッド、時短に関するアンケート

 

クックパッド、時短に関するアンケートを実施 時短したい理由1位は「気持ちにゆとりのある暮しをしたい」〜料理は時短したいが「手抜き」と思われたくない!賢く時短しながらおいしく楽しめるメニューに注目〜

クックパッド株式会社は、2015年5月26日(火)〜5月29日(金)の期間において、クックパッドユーザー2,837名(女性2,515名、男性322名)を対象に、時短に関するアンケートを実施しました。

時短したい = やりたくない

時短は、その作業に関わる時間を短くすることです。
突き詰めれば、限りなくゼロに近づけるということです。
つまり、「できればしたくない」です。

時短したいなと思うことは、好きなことではありません。
たとえば、料理を時短したいと思う人は、料理が好きではない人です。
好きなことで考えると、わかりやすいです。
映画が好きな人は、映画を観る時間を減らしたいとは考えません。
小説を読むのが好きな人は、読書時間を減らしたいとは思いません。
恋愛だと、もっとよくわかります。
好きな人となら、1分でも長く一緒にいたいはずです。
恋人との時間を短くしたい人は、もう相手のことが好きではないということです。

下の動画は、氷上でのワカサギ釣りです。

 
釣りに興味がない人が見れば、「あんな寒い中、釣れるかどうかもわからないのに釣り糸を垂らしてなにが楽しいんだろ」と思います。
でも、あそこで釣りをしていて「こんな作業はつまらないから、時短したい」と思う人は1人もいません。
ブルブル震えながら、釣れるかなと思いながらも釣り糸を垂らせるのは、楽しいからです。
好きだからです。
ただそれだけです。
家から遠いとか、寒すぎるとか、そんなことは大した問題ではありません。
時短したいどころか、時長したいくらいに楽しいのです。

好きだから、料理をする

全面的に時短がダメなわけではありません。
時短には、2種類あります。

①ムダな動きを減らす→時間が増える
②その作業が好きではないからしたくない

同じ時短でも、意味合いはまったく違います。
自分は何をどう時短したいかで、これからの行動は大きく変わってきます。

たとえば、ケンタロウさんはこう言います。

料理のおいしさは、手間や時間とは、まったく全然関係ない。
手間をかければかけるほどおいしくなるわけじゃないし、時間をかければかけるほどおいしくなるわけでもない。
手間をかけなくても、時間をかけなくても、おいしいものは作れる。
そこが料理のいいところ。



 

今日はどーしても4時間かけて料理したい。
なんて、俺は思ったことないし、特別急いでいなくても、早くできるのなら早くできるにこしたことはないと思うわけです。

それに、料理は時間や手間をかけるほどおいしくなるわけじゃないからね。
それぞれの料理にはそれぞれにぴったりの調理時間があるわけで、30分でできる料理を1時間かけて調理したからって、おいしくなるわけなんかない。

5分の料理は5分が最適の時間だし、10分の料理は10分で作るのがちょうどいい。
まる1日かけた料理の方が5分で作った料理よりも絶対おいしいということもありえない。

何分で作っても何時間で作っても「おいしい」はおんなじ「おいしい」だから、5分なら5分でできる最高で最適なものを作りさえすればいい。

そうやって考えると、5分しかない! だって、ベつにどってことない。
のんびりゆっくり作る楽しさとおいしさもあれば、大急ぎ大慌てでバババババッと作る楽しさとおいしさもある。
そこが料理のいいところだと思う。

引用ページ悩まないでパパッとできる! ケンタロウのすぐごはん
(ソニー・マガジンズ)
まえがきより



 

10分でつくれる料理はたくさんある。
ものすごく工夫したり、技術を駆使したり、特別な道具を使う必要もぜんぜんなく、普通に何げなくつくれるものでも、10分でできるおいしい料理は、たくさんある。

特別慌てなくても、10分あればおいしいごはんはつくれます。

引用ページケンタロウの10分ごはん
(NHK出版)
まえがきより



 
上の3冊のポイントは、3つです。

①時間と料理のおいしさは関係ない
②10分あれば料理は作れる
③料理の時間は「短いほどいい」ではない

時間のゆとりと気持ちのゆとり

上のアンケート結果では、時短することで「気持ちにゆとりのある暮しをしたい」が1位になっています。
ある家事を時短して、他のことをする時間が生まれたら、時間にゆとりがあるのはわかります。
でも、時間が生まれることと気持ちにゆとりがあることは別問題です。
気持ちにゆとりがない人は、いっぱいいっぱいな人です。
心のコントロールができていないのです。
時間に余裕がなくても、気持ちのコントロールはできます。
気持ちのコントロールができる人は、いっぱいいっぱいにはなりません。

「ケンタロウの10分ごはん」のまえがきにはこうあります。

おなかをすかせて家に帰ってきて、ああ疲れたなごはんつくるのめんどくさいな人生キビシイなと思ったときでも、たった10分時間を割くだけで、人生うれしいなと思えるってもんです。

・ああ疲れたな
・ごはんつくるのめんどくさいな
・人生キビシイな
は誰しも経験しています。

ここで2通りに分かれます。

①今日の晩ご飯はコンビニで弁当でも買って帰ろう
②今日の晩ご飯は冷蔵庫の残り物でパパッと作ろう

いっぱいいっぱいな人は、気持ちに余裕がないので、今すぐ楽になりたいと考えます。
一方、気持ちに余裕がある人は、たとえ疲れていても、冷蔵庫に何が残っていたかを思い出すことができます。
この違いは大きいです。
「人生キビシすぎる」と思いながら舌打ちするいっぱいいっぱいな人と、10分で作ったおかずを食べながら「人生うれしいな」と思える気持ちに余裕がある人の差は、どんどん開いていくのです。

好きなことをして、ハッピーになる

「少しでも時短したい」と思うことは、好きではないことです。
まずその自覚を持ちましょう。

毎日をハッピーにするには、次の2つしかありません。

①時短したいことをやめる
②時短したいことを好きになる

「やめたいのは山々だけど、それができないから苦しい」と思うから苦しいのです。
そもそも時短したいと思っている時点で、好きでもないことをしようとしています。
だからストレスが溜まって、苦しくなるのです。
いっそのこと、時短したいことはスパッとやめましょう。
全切り、全断ちです。
なんとかしようとチマチマな時短をするから余計にしんどくなるのです。
「したくないことはしない」と決めればいいのです。
それがシンプルな考え方、生き方です。
なんとか時短したいとウジウジ悩むより、好きなことをする時間を増やす方が何倍もハッピーです。
「そんなのは理想論だ」と思う人は、いっぱいいっぱいになっています。

家事がしたくないなら、しなくていいです。
家事は義務ではありません。
一切の家事をしなくても生きていけます。
「そんなのムリ」と思うなら、「できること」「やりたいこと」「好きなこと」だけをやればいいのです。
減点方式ではなく、加点方式の生き方にするのです。
時短したいことにエネルギーを使うのではなく、「時長」したいことだけをするのです。
それがハッピーな生き方です。

 

今できること時短したいことは、やめよう。