【ケンタロウさん】なんでもないことが、うれしい。

ケンタロウさんは、毎日食べる普段のごはんにも、うれしさや幸せはあると考えます。

ケンタロウさんのレシピには、ハレの日にしか出てこないようなよそ行きのごちそうは、ほとんどありません。
毎日でも作れる普段のごはんレシピが圧倒的に多いです。
ごはんは、毎日食べます。
特別な日しか食べないということはありません。
1日3回の料理に疲れてしまっては、おいしく作りたいどころか、料理そのものが嫌いになってしまいます。
それはケンタロウさんにとってもうれしくありません。

「ごはんのしあわせ」(ソニー・マガジンズ)の「はじめに」には、「難しい調理方法やちょっと探したくらいでは見つからない素材を使うのは、普通じゃないし、幸せじゃない」とあります。

 

これは、ケンタロウさんの一貫したこだわりです。
マニフェストです。

ハレの日のとびきりのごちそうは、大きな幸せです。
見た目にも派手なので、すぐにわかります。
大きな幸せはうれしいけど、小さな幸せは喜べないと思ってしまうと、幸せを幸せと感じなくなってしまいます。

先日、大きな幸せを探す人もいれば、小さな幸せに気づける人もいるという話を書きました。

【ケンタロウさん】幸せは、大きなことより、ちょっとした小さなことにある。

幸せは、どこか遠くにあるのではなく、日常の中にあるのです。
あなたのすぐ目の前にあるのです。
日常の中の幸せは、たいていちょっとしたことです。
ちょっとしたことを幸せと感じ取れるかどうかです。

たとえば、道を歩いていて、四つ葉のクローバーを見つけるのは、ちょっとしたことです。
そのすぐ近くに落ちていたどんぐりを拾うのも、ちょっとした幸せです。
気がついたら、スカートの裾にひっつき虫が付いていて、笑いながら取るのも、幸せなのです。

下のアニメは、幸せを探しているネズミのお話です。
人間社会の縮図を皮肉っていて、こうやって年をとっていくのかとドキッとさせられます。

大きな幸せがどこかにあるに違いないと探してるうちに、おじいさん・おばあさんになっていきます。
しかも自分が年をとってることに気づかないのです。
これは怖いです。

ケンタロウさんは、普段のごはんをとても大事にしています。
レシピにも、ケンタロウさんの生き方が表れています。

「ケンタロウの121レシピなんでもありッ!」(学研)のまえがきには、「家で作れるなんでもないものが、楽しくておいしくてうれしい。そういうふうに料理がしたいし、そういうものが食べたい」とあります。

 

なんでもないことは、まさにちょっとした幸せです。
大きな幸せはわかりやすいですが、ちょっとした幸せは見えにくいです。
空気は目には見えませんが、ちゃんと存在しています。
見えないからといって、存在していないということではありません。
幸せも同じです。
わざわざ探すのではなく、気づくだけでいいのです。
幸せは、ちょっとしたことにあるのです。

今できること探すのではなく、気づこう。