【ケンタロウさん】何気ないやりとりは、ごちそうくらいに素晴らしい。

「小林カツ代の手料理上手の暮しメモ」に、14歳のケンタロウさんと深夜までやりとりした話があります。

 
出典:小林カツ代の手料理上手の暮しメモ
知的生きかた文庫
発売日:1996年5月
 

ときには二時まで…

思春期真っただ中のケンタロウさんは、徐々に親との会話が減ってきていました。
カツ代さんも、それが少し寂しく感じています。

カツ代さんがお風呂から上がると、ケンタロウさんは居間でみかんを食べていました。
時計を見ると、夜11時です。
「まだ起きてたの?」と言おうとしたら、
ケンタロウさんは「ママも食べる?」とみかんを差し出すのです。

すっぱーい
あなたを生んでからちょっとでもすっぱいみかんはだめ

すっぱいみかんを食べると、いつも同じことを言う母を見て、ケンタロウさんはニコッと笑います。
カツ代さんが自分の学生時代の話をし始めると、それにつられるようにしてケンタロウさんも話し出しました。

気がつけば、もう2時です。
3時間も話していたのです。
ちょうど春休みでしたが、彼の体のことを考えて「もう寝よう」と言おうと思ったそうですが、でも言いませんでした。
すると、ケンタロウさんが「もう眠くなっちゃたね」と立ち上がりました。

「特にこれといった話はしなかった」とカツ代さんは言います。
話をしただけです。
ただの親子の会話です。
だから、よかったのです。
話す内容よりも、二人で話をしたことそのものに、大きな意味があるのです。

どうでもいい話の中に、彼が確実にいいオトナに育っていってることを知った

3ページ弱ですが、とても静かでゆっくりと流れていく3時間が映像として見える話です。
俯瞰で見ている母の愛がじんわりと伝わってきて、読んだ後の余韻までも温かく感じます。

その日の天気のことまでは書かれてありませんが、夜の雨音が実に合う、そんな文章です。