【ケンタロウさん】誰かの家で料理を作る時には、材料はまるごと買って行こう。

講談社ウェブマガジン連載「ケンタロウの恋するハッピーメニュー」の「ホンカク麻婆ナス」のエッセイは、わかる人にはわかるけど、わからない人にはどういうことかさっぱりわからない内容です。

ホンカク麻婆ナス

たとえば好きな子や好きな人の家で、麻婆ナスを作るとしたら、あなたなら何を買って行きますか。
おれはそういうときには、もうとにかく上から下まで、使う材料は全部買っていく。
ナスやひき肉はもちろん、みそも、酒も、オイスターソースも、ごま油も、とにかく全部買っていく。

だって、もしあてにしていた調味料がなかったりしたら、また買い物に行かなきゃならないから。
それがスーパーのすぐ向かいに住んでいる子だったら何の問題もない。
でももし、一番近くのスーパーが歩いて40分、走っても25分だったりしたら、事態は“愛”だけでは収拾できない。

作るものが決まっているときは特に「さあ始めるぞ」という段階で「あっあれがない」というのは、出鼻をくじかれるようで気分がよくないし、かといってそれを無視して作った結果、「ああ、ショウガさえあれば、もっとうまかったのになあ」なんて思うのだけは、何よりもいやなんだ、おれは。

人の家で料理をするときには、すべてをまるまる買っていく。
だから、好きな子に限らず、おれが料理を作ったことのある家には必ず“おれの料理の必需品”「ごま油」が置いてある。

引用ページ:ホンカク麻婆ナス|ケンタロウの恋するハッピーメニュー
(上記レシピは書籍版「ふたりのハッピーメニュー」講談社/ 未収録です)

食事会

私は、ケンタロウさんの言ってることがとてもよくわかります。
同じ経験をしているからです。
 

Photo by Joyce Romero on Unsplash
 
私は一時期、職場の同僚たちを家に呼んでお食事会を主催していました。
ブログと専用のメールアドレスを用意し、名刺まで作りました。
スケジュール調整が難しく、回数は多くはなかったですが、誰かの家に作りに行くこともありました。

誰かの家に料理を作りに行く時のポイントは、次の3つです。

①自分のキッチンとはまったく環境が違う
②その家の近く(駅からの途中)にスーパーがあるとは限らない
③そのスーパーにお目当ての材料があるとは限らない

この3つは、体験してわかったことです。

コトブキさんの家に作りに行った時のことは、今でも印象に残っています。
コトブキさんはまったく料理をしない人だというのは事前情報として聞いていたのですが、家に着いてそれがよくわかりました。
少しでも料理をする人ならありそうな道具が何もないのです。
かろうじて包丁はありましたが、100円ショップで買ったシロモノでした。
「自分のキッチンとはまったく環境が違う」は当たり前ですが、頭の中でイメージするのと実際に経験するのとでは大違いです。

私は「道具はない」前提をしていたので、仕込みはなるべく家で済ませて、最低限の調理だけコトブキさんの家でするようにしました。
ただ問題もあります。
家での仕込みをすればするほどあとは楽になりますが、その分持って行く量は増えます。
案の定、「今から旅行にでも行くの?」と聞かれてもおかしくないくらいの量になってしまいました。
しかも、手持ちです。
私は車を持ってないので、その荷物を持って電車に乗るのです。
たとえコトブキさんの家に着く前にスーパーがあったとしても、大荷物を持ったまま寄るのもめんどくさいです。
 

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誰かの家で料理を作る時は、道具はもちろん、調味料もいつも使ってる物が一番いいです。
味が、ではなく、いつもと違うというだけで、リズムが狂うのです。
これはわからない人にはわかりません。
木べら一つ違っただけでも、とても変な感じです。
コトブキさんの家には片手鍋まで持って行きました。
結構な重さでしたが、大正解でした。
ケンタロウさんが言うように、「やっぱり持ってくればよかった」とは思いたくありません。
「ないんだから仕方がない」に逃げてしまう自分もイヤです。

私は誰かの家で料理を作る時は、「今から旅行にでも行くの?」な荷物量になったとしても、まるごと持って行きます。
「材料も道具もどうでもいい」になってしまったら、料理はもちろん、食べてもらう人にも失礼になってしまいます。
それが料理愛です。