ケンタロウさんは、おいしさの化学反応が見えている。

「小林カツ代の手料理上手の暮しメモ」に、「幻のケンちゃんサラダ」の話があります。

 
出典:小林カツ代の手料理上手の暮しメモ
知的生きかた文庫
発売日:1996年5月

ガーリックオイル

昔、カツ代さんがある食品メーカーとタッグを組んで、フレーバーオイルを共同プロデュースしました。

商品化されたのは、4つの香りのオイルです。
・にんにく
・オリーブ
・しょうが
・唐辛子

メーカーも苦労して作った甲斐があって、とても満足のいく出来だったようです。
ところが、予想に反してあまり売れなかったらしく、すぐにお店の棚から消えてしまったのです。

困ったのは消費者、ではなく、当の小林家です。
もっといえば、息子の健太郎くんです。
実は、健太郎くんは、そのガーリックオイルを使ったオリジナルのサラダを作り、小林家の定番になりつつあったからです。

ケンちゃんサラダ

出来上がった経緯はこうです。

その日はレタスしか残っていませんでした。
サラダが好きな当時小学2年(補足1)だった健太郎くんが「サラダを作る」と言い出し、レタスだけを使って5分で作ったのです。
あまりのおいしさにあっという間に完食したそうです。

他の野菜があっても、そのレタスサラダが待ち遠しくなるくらい家族のお気に入りになっていました。
作った健太郎くんは、もちろん大喜びです。
そのサラダを作る時は、誰も台所には入れない徹底ぶりです。
唯一教えてくれたのは、先ほどのガーリックオイルと醤油も少し使う、ということだけです。

「ケンちゃんサラダ」と命名し、家族みんなが丼鉢いっぱいくらい食べたそうです。
そのサラダの命と言ってもいいガーリックオイルがなくなってしまい、これからどうしたらいいのかとガッカリしたに違いありません。
健太郎くんなりにいろいろ試行錯誤してみたのですが、微妙に味が違うようです。

「ケンちゃんサラダ」のレシピは、今も謎のままです。
カツ代さんも「謎は謎のままがいい」と言っています(補足2)。
詳しくはわかりませんが、ケンタロウさんはおそらく作り方を書き残していません。

「メモに残して、そのメモが見つかったらレシピがバレてしまう」
そんなちっぽけな理由ではありません。
「レシピを書き留めるなんて、カッコよくない」という健太郎くんなりの美学があったのでしょう。

「ケンちゃんサラダ」はたまたまおいしく作れたのかもしれませんが、作っていた健太郎くんにしてみれば、味の着地点は見えていたはずです。
だから、おいしくできたのです。
味の着地点もわからず、当てずっぽうではできません。

ケンちゃんサラダができた理由

2つのポイントがあります。

①自分の「おいしい」を知っていること
②味の化学反応がわかること

まず、自分にとっての「おいしい」がわからないことには、味を作ることはできません。
ケンタロウさんは、普段からおいしいものをたくさん食べていたので、舌は鍛えられています。
「これとこれを合わせたら、こういう味になる」とわかるのも、いろんな食べ物を食べているからこそです。
単なる想像力だけではありません。
これまでの味の記憶と目指す着地点が複雑に組み合わさって導き出された味なのです。
ケンタロウさんにとって毎日の食事は、ただ食べるだけでなく、結果的にトレーニングになっていたというのがよくわかります。

レシピを書き残さなかったことがいいこともあります。
もしメモにしていたら、大きくなった時に「俺はこんなまずいものをうまいと思って作ってたのか」と思い知ることになったかもしれないのです。
子供の時と大きくなってからの味覚は違うからです。
好みも変わります。
食べてくれた人が喜んでくれたといううれしさが、調味料になることもあります。
そう考えると、カツ代さんの言う「レシピは謎のままがいい」は、深いです。

補足
1・2ともに、「ママは天才!」(主婦の友社)の「ケンタロウの大いなる秘密」に書かれてあります。

にんにく味のレタスサラダ

「ケンちゃんサラダ」は、下記にも書いてます。