【ケンタロウさん】好きになり過ぎると、謙虚になる。/水野仁輔さん

水野仁輔さんの対談記事が深くて、面白いです。

40代のカレー

 

ミレニアルズにこそ読んでほしい、40代のカレー(前編)

突然ですが私、TABI LABOの平井は43歳にしてこの会社に参加。


 

ミレニアルズにこそ読んでほしい、40代のカレー(後編)

材料と手順を極限まで減らした40代のミニマルカレーを調理。

水野仁輔さん

私は水野仁輔さんが大好きです。
水野さんの本もたくさん読んでます。
私の中では、水野さんはカレー星人です。
カレーが好き過ぎて、完全に「あっち側」になってしまった人です。
 

ケンタロウさんとの共通点

水野さんの対談記事を読んで、ケンタロウさんとの共通点がいくつもありました。

ゴールのイメージを作って、そこから逆算してカレーが作れるようになった。

こういうものが食べたいっていう思いがある方がそこに向かっていけるし、ゴールが見えている分だけ、修正のしようもありますよね。
(出典:HMV インタビューより)

 


 

自分が食べたいって思いながら作る料理はこんな感じの味っていう、自分なりのゴールがあるから、作っていても楽しい。
だから失敗もあまりしない。
(出典:TBSラジオ「ケンタロウのおいしいラジオ」2010年4月)

 

自分は自分のためにカレーと向き合っているので、あまり人の役に立とうとはしてないのかも。
使命感はないし、影響力を持ちたいわけでもない。
「好きなことに打ち込んでいるだけ」と思ってる。

ケンタロウさんも、自分が食べたいものだけを作っています。
「仕事だから」「売りたいから」「広めたいから」ではなく、あくまで「自分のために」です。
自分のために作った料理のレシピが、たまたま本になっているだけです。
 


 

カレーの世界で他の誰かが発信していることは気にしなくなった

自分のやりたいことがはっきりしている人は、軸がブレません。
ブレブレな人は、あれもこれも手を出して、いったい何をやりたいのかがわかりません。
ただでさえ時間が足りないのに、ブレているヒマはないのです。
 


 

知識も経験も全然足りてないと思ってて、たぶん20年やってるけど、カレーの全容解明ということでは5%ぐらいかなって感じる。
95%をまだ知らないのに、カレーで世の中を良くしたいとかそういうおこがましいことは言えないし、そんな状況で他のことに首を突っ込んでいる余裕はないんだよね。

「ケンタロウのボクはカレーが好きです」でカレーへの思いを語るケンタロウさんは、完全にカレーの森に迷い込んだ顔をしています。
カレーへの思いがあり過ぎて、何から話していいのかわからないのが、映像からも伝わってきます。
人は、何かを好きになり過ぎると、謙虚になります。
謙虚になりたくてなるのではなく、謙虚にならざるを得ないのです。
好きなった対象の深さがわかるからです。
初めはだいたいこれくらいの深さだろうと思っていたのが、好きになればなるほどどんどん深くなっていくのです。
気がつくと、底なし沼のように抜け出せない深さになっています。
それでもまだほんの少ししかわかっていないということに愕然とするのです。
これが物事を好きになるということです。
好きなことを突き詰めるのは、膨大な時間とエネルギーが必要なのです。
 


 

カレーは普通の人からは1つのテーマに見えるかもしれないけど、僕にとっては無数に細かく分かれてて、1テーマを追求するんだけどすぐ飽きて、次のテーマを追ってたりする。

いろんな国のいろんなカレーがあって、優しいカレーも鮮烈なカレーもある。
そのどれもが好きだが、最後に帰って来るのはやっぱりルーで作った当たり前なカレーだ。
ルーのカレーはつまり家で、庭に出てすぐのところ縁側の先ぐらいが近隣アジアのカレーで、裏山はインドカレー、ガレージは欧風カレー、そういう気持ちで作っているし、食べている。
(出典:「小林カレー」幻冬舎/まえがきより)

 

 

カレーは料理以上の存在だと思っていて、コミュニケーションツールだといつも言ってる。

人生にカレーがあるというだけで、生きる意味があると思える。
(出典:「小林カレー」幻冬舎/まえがきより)
カレーがない人生だったらもう悲しすぎてきっと顔色もわるくなって、口数も少なくなって自暴自棄になって塞ぎ込んでしまうと思います
(出典:「ごはんのしあわせ」ソニー・マガジンズ)

 

カレーは最高に最高

水野さんのカレー愛を読んでいたら、無性にカレーが食べたくなってきました。
やっぱり、カレーは最高です。

ノーカレー、ノーライフだぜ
(出典:「小林カレー」幻冬舎/まえがきより)