【ケンタロウさん】基準は、自分で決めていい。

昨日の「ケンタロウ本には、問いがある。」では、「ケンタロウ+キッチンでおいしい生活」(ソニー・マガジンズ)を例に挙げました。

ケンタロウ本には、問いがある。

もう一つ、どうしても外せない本があります。
「ごはんのしあわせ」(ソニー・マガジンズ)です。

 

後半のページに書名と同じ「ごはんのしあわせ」というタイトルの手書きのエッセイが載ってます。
この4ページのためにこの本を買う価値があるくらいに、大好きなエッセイです。

ケンタロウさんは、「自分の気持ちも体も、何が幸せかは自分で選べばいいし、食べる物を人からいちいちああしろこうしろと言われるのはまっぴらごめん」と言います。
昨日の「料理はしてもいなくてもいい」と同じで、「あなたはどうしますか」の問いなのです。

一般論で言えば、体のために食べた方がいい食べ物と、あまり食べない方がいい食べ物があります。
たとえば、1日2食までにした方がいいよと提案する医師がいます。

若々しくやせる「1日1~2食」のススメ | プレジデントオンライン

この医師自身が1日1食の生活をしていて、「砂糖と小麦粉で作ったお菓子、白米、パン、麺、ポテトは食べたらダメ」と言っています。

仮にその食生活が(健康的に)正しいとして、ケンタロウ本はもちろん、ほぼすべてのレシピ本の存在意義が問われることになります。
ケンタロウさんも食べる物がなくなってしまって、「なに食べたらええねん、飢え死にさせる気か」と怒り心頭です。
ケンタロウさんに限らず、多くの人がそうなるでしょう。

なにかしらのエヴィデンスがあってそういう食生活の提案をしてるのでしょうが、科学的に正しい食生活イコール健やかな生活かどうかは別問題です。
ケンタロウさんなら「それは幸せとは呼ばない」と言うでしょう。

ケンタロウさんは、誰かにとっての正しさではなく、自分の正しさで生きようよというスタンスです。
その医師は、砂糖も、小麦粉も、白米も、パンも、麺も、ポテトも食べない食生活が好きなのです。
だからできるのです。
好きでなかったら、すぐにストレスで潰れてしまいます。
ケンタロウさんは好きな食べ物は、ガマンしません。
ガマンすることは、ケンタロウさんにとってハッピーではないからです。

「もし体によくないと言われても、食べたい物を食べたいように食べる」と言います。
気持ちいいくらいに潔いです。

「ケンタロウの恋するハッピーメニュー」のエッセイにも、「野菜を食べたらコレステロールがたまると言われてもきっと食べる。だっておいしいから」とあります。

出典:オンラインマガジン「Web現代」連載「ケンタロウの恋するハッピーメニュー」
vol.44「焼き野菜のマリネ」より
ケンタロウの恋するハッピーメニュー【焼き野菜のマリネ】

他にも、
・もし自分が野菜なら、体や健康のためだからと食べてほしくない
・野菜を好きになれない人がいたら「食べなくていいよ」と言う
・いやいや食べても栄養にならないし、そもそも嫌いなものは無理して食べなくてもいい
とあります。

料理をするのも○でハッピー。
料理をしないのも○でハッピー。
食べたい物を食べたいように食べるのも○でハッピー。
体のためなら好きな物でも食べないのも○でハッピー。
どれも正しいのです。

ケンタロウさんの言っていることが正しいという意味ではありません。
ケンタロウさんは、あくまでも考え方の提示をしているだけです。
サンプルです。
大事なのは、あなたにとっての正しさです。
それがケンタロウさんのいう、うれしさであり、幸せです。
あなたが好きな食べ物を、あなたが好きなように食べるのが、一番の幸せです。

私も、昔は体メインで食べ物を選んでました。
でも、だんだんと好きな物を食べるようになりました。
決して体なんてどうでもよくなったということではなくて、ガマンしなくなったのです。
わざと暴飲暴食や体によくない物を食べたりしませんが、体によくないような物でも食べたかったら食べます。
そのあと気持ち悪くなったら次から食べないだけです。

世の中の食べ物の全部がおいしくて、かつ体にいい物ばかりなら言うことはないです。
でも、体にはよくないけど、とんでもなくおいしい物もあります。
「体のためだから」と好きな物をガマンしてつらくなるなら、ちょっとくらい体によくなくても好きな物を好きなように食べます。
その方が気持ちいいからです。
ハッピーだからです。

私は、ケンタロウさんのエッセイを読んで、「今あなたは食べたい物を食べたいように食べていますか」というメッセージだと受け取りました。
それは「生きたいように生きていますか」でもあります。
もちろん、この本は料理本なので、そんなことは書いてありません。
でも、私はそう解釈します。
ケンタロウ本のエッセイがサラッと読むだけでもったいない理由は、こういうことなのです。

ちゃんと好きなことをしている人は、外野の声は気になりません。
なぜなら好きなことが自分の軸になっているからです。
ブレないのです。
いちいち外野の声が気になってしまうのは、好きなことをしていないのです。
だからブレブレになるのです。
もし何かの学会で「ケンタロウ本の9割が体に良くないレシピ」と言われても、私は作りまくります。
私は、ケンタロウさんが好きなのです。

今できること自分の「好き」で、決めよう。

 

昨日も少しだけ紹介しましたが、4回シリーズで書いたくらい、「ふたりのハッピーメニュー」には「問い」がいたるところに出てきます。
【提言】ケンタロウ本「ふたりのハッピーメニュー」のエッセイは家庭科の教科書に載せるべき/その1

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