ケンタロウレシピが見れたとしても、あの頃には戻らない。

毎日、ケンタロウさんネタを書いてます。

ブログを始めた当初は、いつかはネタ切れになるだろうと思っていたのですが、なくなりません。
むしろ、どんどん増えています。
一応、Evernote やメモアプリには、大まかなネタを書いて保存してありますが、一向に減りません。
ネタは順番待ちしているのですが、次から次へと新しいネタが横入りしてくるので、いつも混み合っています。

私にとって、「今さらケンタロウ?」という思いはまったくありません。
懐かしい昔の人ではなく、今の人です。
20年前の本でも、昨日出た新刊のようにドキドキしながら読んでます。
大好きなエッセイは、内容もオチもわかっていても、やっぱり笑ってしまいます。
全然飽きません。
飽きるどころか、どんどん新しい発見があるのです。
それは自分が成長しているからです。

ブログ用に調べ物をしていて、レシピが載っていたサイトが削除されていることがあります。
一度や二度どころではなく、数え切れないくらいに「もっと早くに見つけておけば」と悔しい思いをしています。

でも、もっと早くに見つけていれば、そのレシピやインタビューの貴重さはわからないままです。
今だからいかにレアなレシピだったかというのがわかるのです。

今でこそ、こうやって毎日ブログを書いていますが、昔はケンタロウさんのことをただの料理が得意なおっちゃんと思ってました。
ある時期から本を少しずつ集め始めるようになりましたが、本を見ながら料理を作ってるだけで、深く考えて読んではいませんでした。
今とはまったく違う読み方、接し方をしていたのです。

もしタイムマシンがあって、ケンタロウさんのインタビューが載ってるサイトが見れたとして、「昔に戻れますが、あなたもその当時に戻ります」と言われるなら、私はタイムマシンには乗りません。
たとえインタビューが読めたとしても、「これはどういうことだろう」と考えることもなく、ただ読むだけで終わってしまうからです。
それはあまりにもったいないです。
もったいないことに気づかないのは、もっと怖いです。

今でもあのサイトを Evernote に保存しておけばよかったと思うことがあります。
でも、その時はピンとこなかったから保存しなかったのです。
そう思えば、どっちも正しいのです。
今が正しくて、昔は間違いだったと思ってしまうと、昔を否定することになってしまいます。
昔の自分を否定しだすと、エンドレスで否定することになります。
「あ、これは保存しなきゃ」と思ったのは、気づきがあったからです。
それが成長です。

ブログのネタがなくならないのは、書くことで、新たな気づきが生まれるからです。
「今日はこれを書いたけど、これってどうなんだろう」の連続です。
まさに「日めくりケンタロウ」です。

 

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